2010年、タイ→ラオス→中国を陸路で抜け、本当はラサを目指したのですが、チベットの情勢が非常に厳しくなっており、ラサ行きは諦めてずっと気になっていた四川省・雲南のチベット文化圏を訪れました。
1月のとても寒い季節ではあったものの、ガンゼあたりはかなりチベット色が強く、感じるものも多かったです。 ラルン・ガル・ゴンパ にチベット族のふりをして潜入したことも、よい思い出です。

日程

前半:タイ → ラオス → 景江 → 麗江 → シャングリラ(の旅行記は別途)

成都 A →マルカム (馬爾康) B (1泊) →
アバ (阿坝) C (3泊)→マルカム (馬爾康) (1泊)
セーター(色達)(1泊)→ ラルン・ガル・ゴンパ(色達縣喇榮寺五明佛學院) D
ガンゼ(甘孜) E (1泊)
デルゲ (徳格) F (1泊)
ガンゼ (甘孜) E → ニャロン(新龍)G (1泊)
リタン(理塘) H (1泊)
シャングリラ(香格里拉) I (数泊)
成都双流国際空港  J (1泊)→東京

ガイドブック

四川省のチベット文化圏について

四川省、北には大草原が広がり、東には近年世界遺産に認定され有名になった九さい溝やパンダで有名なエリアですが、実は多くのチベット族が住んでいます。

チベットではカムと呼ばれる風光明媚な地域。
カムは チベット自治区東部、青海省南部、四川省西部、雲南省北西部を含めたエリアですが、四川省にはチベット族と名がつく3つの自治州があり、多くのチベタンが暮らしています。

  • 四川省甘孜チベット族自治州 
  • 四川省アバチベット族自治州
  • 四川省木里チベット族自治県

私が訪問したのは2010年なので今は交通状況も変わっているかもしれません。
移動のメインは主にバスでした。

成都 →マルカム (馬爾康)

成都からバスで約9時間、四川省 アバ・チベット族チャン( 姜 )族自治州 の州都、マルカムに(馬爾康)へやってきました。
成都が比較的暖かかったので油断していたのですが、やはり高地、超寒い!
最低気温はマイナスの世界、バスからの景色は川沿いをずっと走ってきたのですが、川も凍っていました。

まるかむ
<結構都会>

町の高台にあるマルカム・ゴンパにいくと、夕方なのでもう閉めていたところをわざわざあけてくれました。

比較的小さなゴンパとはいえ、美しい壁画に、観音菩薩像、弥勒像など並び、とても美しい顔をしています。

お参りして、日本から来たと扉を開けてくれたラマのおじいちゃんに言うと、赤いヒモと聖水をかけてくれました。

マルカム (馬爾康) → アバ (阿坝)

その後、バスで7時間、アバ(阿坝)へやってきました。

アバはチベット色が非常に濃く、90%がチベット族の住む町です。
チベット仏教には大きく分かれて4つの宗派(ゲルク・サキャ・ニンマ・カギュ派)があるのですがここアバではすべての宗派のお寺があり、また仏教伝来以前からチベットにあったとされる原始宗教、ボン教の大きなゴンパもあります。

アバには3泊したのですが、うち2日は友達のチベタンの家にホームステイしました。
この2日間、本当に色々なことを考えさせられたのですが、まずはゴンパの紹介から。

800年の歴史を持つボン教最大のゴンパ、ナルシゴンパ(朗依寺)。

ナルシゴンパ


ガイドブックには市内から1時間とあったので早起きして出かけたのですが、結局私の足(+方向音痴)で2時間かかりました。 ここは高度が3300mあるので、結構息が切れましたが、頑張ってきただけあって、非常に見ごたえのあるゴンパでした。 (タクシーでも行けるよう)

stupa

もうすぐお正月、その時期にはチャム(踊り)が披露されるため、ちょうどラマたちが練習していました。

チャム

これは、ボン教の寺院。

ぱっと見ただけでは普通のチベット仏教のお寺と変わりません。
でも、よく見ると壁に卍の文字が書かれていたり、コルラ(参拝の回りかた)が逆だったり、祭っている神々も異なっているのです。

滞在させてもらったチベタン一家に郊外のお寺(各莫寺、 四洼尼姑寺 など)にも連れていってもらいました。本当に、感謝。
(とはいえ、時期が悪いのと門番の人に会えず、ほとんど閉まっていましたが・・)

 四洼尼姑寺
四洼尼姑寺
 各莫寺
< 各莫寺 /ゴマン・ゴンパの大チョルテン >

アバ県内最大規模のゲルク派寺院 、キルティゴンパ (格爾登寺)。
残念なことに、3度足を運びましたがいずれも儀式やチョモ(踊り)の練習などが行われており、またカギを開ける人がおらず中を参拝することができませんでした。

ただ、キルティ・ゴンパ(格爾登寺)では、ちょうど1年に一度、平安祈願する法会が行われており、沢山のチベット人が集まっていました。

人多い
ラマの一連の念経のあと、何やら竈に火を炊き、長いひしゃくのようなものを入れたあと・・
ドーン!

炎が上がり、びっくり。(白酒などが入っていたそうです)

その後、ラマたちがご神体っぽい飾りものを運び、(この寺院はゲルク派なので皆黄色い帽子をかぶっています)


僧侶によるホルン・太鼓の演奏やひとしきり儀式的(意味がわからず残念)なことが行われました。

このエリア、冬はほとんど訪れる人がいないそうですが、春や花が咲き乱れ、夏は緑が多くあまり暑くなく非常に美しいそうです。 なので是非、また時期を変えて訪れたいと思っています。

さて、この町に来て驚いたこと、それは、公安の多さ。 ゴンパの中でさえ公安があり、キルティ・ゴンパに至っては迷彩服を着た軍人がこういった法会の監視をしています。

そう、2008年北京オリンピック前に、チベット族による事件がこの町で起こりました。

キルティ・ゴンパで法要を行おうとして拒絶させられたことに不満を抱いたラマ僧が焼身自殺を図って抗議したところに、(治安部隊が)発砲しラマを死亡させ、その後、中国治安部隊が寺院に踏み込み、僧侶ら100人以上を拘束した、とネット上のニュース(もちろん中国国外の)で発表されています。(今でも沢山の人々が拘束されているそうです)
私が到着する1日前、ダライラマ法王と中央政府の対話があった日は町中を銃を持った軍人が闊歩していたそうです。

私が出会ったチベタンの話によると、この町は2008年の事件以後、非常に大きく変わってしまったとのこと。 まず、軍人が大量に町に送りこまれ、市の中心から少し離れたところに彼らの住む施設が次々に作られたこと。それに伴い、町の物価も上昇し、人々の生活を圧迫しただけでなく、やはり何よりも、アバに暮らす人々の気持ちが変わってしまったそうです。

皆、事件を非常に悲しみ、昨年から1年の最大イベントである、お正月(春節)すら祝うことを辞めたということにお正月を何よりも大切にする民族の深い思い、悲しみが感じられます。

そのような背景もあり、ステイ先のチベタンにも迷惑をかけたくないので、アバでは外国人として極力目立たないよう行動していました。

でも、ここはチベタンが多く住み、沢山のゴンパに囲まれた小さいながらも私にとって非常に好印象の町でした。 きっとそれは出会ったチベタン一家が非常に親切にしてくれたことが大きな理由だと思います。 子供たちと一緒になって遊んだり、ザンパやバター茶(チベット族の主食)など色々美味しいご飯をご馳走になったり、教育や日々の暮らしについて色々と話したり、チベット族の暮らしを垣間見ることが出来て、非常に楽しい2日間でした。


そして旅立つ私に、その人の平安を祈るカタ(白い布)をお爺ちゃんとお婆ちゃんが首にかけてくれました。

平和をこころから愛するチベットの人々。
次にこの町に戻ってきたとき、町の状況と人々の心情が良くなっていることを祈るばかりです。

アバの街並み

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